大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ツ)82号 判決 1963年11月19日

上告人 谷田桂三

右訴訟代理人弁護士 河野春吉

吉本登

栗岡富士雄

被上告人 禹錫桂

右訴訟代理人弁護士 宮内勉

被上告人 柯碧蓮

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

一、上告理由第一点について。

(一)  原裁判所が、当事者間に争いがない事実として確定した、上告人と被上告人柯碧蓮間に成立した本件賃貸借契約和解調書によると、その一条は、「申立人(被上告人柯碧蓮以下同じ)は相手方(上告人)に対し、自己所有の本件建物を、本件和解成立の日(昭和三四年四月二一日)より賃料一ヶ月金三万五千円の割合、賃料支払時期は毎月その月分を月末に支払うこと、賃貸借の存続期間は本件和解成立の日から向う一ヶ年とする、との約定にもとづき賃貸すること」とあり、五条は、「相手方において、一条の規定に違背して賃料の支払いを一回にても怠りたる時、又は三条(上告人が本件建物をネクタイ販売目的のみに使用すること)四条(無断改造、模様替えなどの工事及び賃借権の譲渡又は転貸の禁止)の規定に違背したるときは、申立人において何らの意思表示を要せず、本件賃貸借契約は解除となり、相手方は、即時右建物を明渡すこと」と定めている。

このように、賃借人である上告人の義務違反の場合における本件賃貸借契約の帰すうについては、明確な規定を置きながら、一条に定めた一ヶ年の期間が経過したとき、本件賃貸借はどうなるかについて、何ら規定するところがない。

借家法は期間の定めのない賃貸借について、その一条の二に更新拒絶の制限規定を置いた上、更新拒絶の正当事由を有する場合にも、同法二条の手続を履践しないときは、賃貸借は更新されて存続する旨を定めるとともに、同法八条をもつて、「一時使用のため建物の賃貸借を為したること明なる場合」には、借家法の適用がないとしている。

右にいうところの、「明らかな場合」とは、当事者が賃貸借契約を締結するに至つた動機、契約の趣旨、建物利用の目的態様その他諸般の事情などから判断し、取引きの通念上、建物使用関係を一時的短期間に限つて存続させる合意があつたと、明らかに認められる場合を指称すると解するのが相当である。

(二)  ところで、原審(第一審判決引用)が本件賃貸借を一時使用の賃貸借であると判断するについて確定した事実は、

本件和解は、訴外片桐貞子が、本件建物の賃借権を上告人に譲渡したことから生じた紛争を解決するためになされたもので、しかも、本件賃貸借をするについて、被上告人柯碧蓮が意図した要点は、期間一ヶ年満了後に必ず明渡しのうえ引渡しを求めうること、それについての債務名義をつくることの二点であつて、期間一ヶ年と定めた意味も明渡しの訴訟に要する日時との兼合いから、割り出されたものであり、本件和解の形式を選んだのも、明渡しを求める場合の確実な手段にする意図から出たというのである。

しかし、右確定された事実は、賃貸人である同被上告人の本件賃貸借に対する賃貸人としての態度である。もとより、上告人が、右被上告人の態度を諒解し、期間を一ヶ年とする一時使用のため賃借であることを納得したうえで、そのような賃貸借の合意が成立したのであれば、格別問題はないのであるが、原審は、上告人がそれを諒解して右合意が成立したことを証拠によつて確定していないばかりか、上告人が、本件建物を賃借するに至つた動機、契約の趣旨、建物利用の目的態様などについて何らの考察も加えていない。

(三)  そうしてみると、本件和解による賃貸借契約を締結するについて、当事者間に如何なる意思表示の合致があつたかを究めないで、被上告人柯碧蓮の本件賃貸借に対する態度を確定し、そのことから、直ちに本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であると結論づけた原判決には、借家法八条の解釈を誤つたか、そうでなければ、本件賃貸借を締結した当事者の法律行為の解釈を誤つた違法がある。

二、以上の次第で、原判決には右の違法があり、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄し、更に審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すべきである。

そこで、その余の論点に対する判断を省略し民訴四〇七条一項に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 古崎慶長)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例